映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の思い出

今月の21日(2015年10月21日)は、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』(以下『BTTF2』)の劇中冒頭で、タイムマシンのデロリアンが1985年からやってきた日になります(現地時間)
今回はそれにちなんで、この作品の思い出を書きたいと思います(作品内容の感想や寸評ではなく、これにまつわる出来事についてです)

到着時間について詳しく書きますと、デロリアンの設定時刻は、
2015年10月21日午後4時21分
訂正:上記と書いておりましたがこれは日本語吹き替え(三ツ矢、穂積版)のセリフで、正しくは下記のようです。
2015年10月21日午後4時29分
となっており、(劇中でサマータイムが廃止されていないとして)舞台となっているカリフォルニア州がこの時間なら、日本では、
2015年10月22日午前8時21分
2015年10月22日午前8時29分
となります。

※自前で割り出したので、間違っていたらすみません。

 

めて『BTTF』の第1作を観たのは映画館ではなく、レンタルビデオで1986年か87年のこと、VHSで字幕版でした。
当時はどの作品も日本語吹替版は無かったと思います(子供向け作品にはあったかも?)、吹き替えはテレビ放送のみでビデオとは住み分けている感じでした。
ちなみにテレビで初放映されたのは1989年2月のようです(日曜洋画劇場、三ツ矢穂積吹替版)
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▲適当な資料が手元になかったので、代替として後述の『BTTF2』のパンフレット内のセルビデオ広告。
 第1作の頃のセルビデオは10000円以上していましたが、この『BTTF2』公開時期(1989年)には人気作品のみですが、この写真のような廉価版が発売されるようになっていました。

余談ですが、その頃はレンタルビデオ黎明期(少なくとも私の地元では)で、近所にレンタルビデオ店は無く、書店が副業的に取り扱っているものを借りていました。
料金は一泊二日で1000円くらいで、今の感覚からすると高額でめったに借りられませんでしたが、映画館と同じもの(テレビ放映は基本カットされていた)を、自宅で自分のタイミングで観ることができる贅沢品としての価格設定と、納得していたように思います。
その後数年もしないうちに330~500円くらいの専門店ができました。

の2作品はそれぞれ公開時(『BTTF2』1989年、『BTTF3』1990年)に映画館で観ました。
『BTTF3』の同時上映はモンスターパニックものの『トレマーズ』でしたが、『BTTF2』については覚えていません(無かったのかも)
この作品に限りませんが、この頃は混雑を避けるためによくレイトショーを利用していました。
今は分かりませんが、当時は人気作品なら週末ごとに上映終了が公共交通手段のない時間帯になるレイトショーがあり、流石にその回はだいたい空いていました(徒歩で帰りました)
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▲当時のパンフレット『BTTF2』 裏表紙はホンダ(ホンダベルノ店)のインテグラ(カッコインテグラ)

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▲同『BTTF3』 裏表紙は同様にインテグラ。
 このパンフレットのイラストはドゥルー・ストゥルーザンさんによるもので、これ以外にも様々な作品で有名な方ですが、本年7月にマール社より作品集の新刊が発売されました。

が前後しますが、初めて本作の内容に触れたのは前述の映像としてではなく、公開と同時期に東京創元社より発売されていたゲームブックだったかもしれません。
当時ゲームブックにハマっていた関係で、こういった映画を題材にしたものは珍しかったこともありネタバレ覚悟でプレイしたのだったかも知れません。
ゲームブックについてはまた別の機会に詳しく書くたいと思います。

 
以上、この映画について作品内容ではなく一連の出来事の思い出話でしたが、今後もこのような調子で他の作品に関しても折を見て挙げていきたい思いますので、よろしければお付き合い願えれと幸いです。

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ウォー・ゲーム(ウォー・シミュレーションゲーム)の思い出

以前の記事【ボードゲームの思い出】で触れた、ウォー・ゲームについて抜き出して書こうと思います。
※思い出話としているので過去形が多いですが、当時のブームほどではないにしろ今でもプレイ人口は多いようです。

ウォー・ゲームとは呼んで字のごとく戦争を再現したゲームで、実際に盤上でコマを操作するのやコンピュータ等がありますが、ここでは主に過去にプレイしてきた前者について書きます。
(詳細はWikipediaウォー・シミュレーションゲームに譲ります)
その戦争の種類(史実に沿ったもの、SFもの、アニメ版権もの等)も規模(宇宙、世界、国内、戦場単位等)も様々で、それ以外にもスポーツや企業経営をシミュレートしたもの等々、国内外のメーカーでいろんなジャンルがありました。
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▲手元に残っているもの1
 エポック社『眼下の敵』開封済み未使用(パッケージイラストは高荷義之さん)

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 エポック社『パワーベースボール』

関連して、ホビージャパンの『TACTICS』等、専門雑誌もありました。
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▲手元に残っていた専門誌『TACTICS』表紙背表紙
 背表紙にあるアバロンヒルの『UP FRONT』はカードゲームですが、こちらもよくプレイしました。

めてプレイしたのは小学校6年生の頃、アバロンヒルの『太平洋の覇者』という作品で、【ボードゲームの思い出】でも書いた友人(とそのお兄さん)の持ち物でした。
この兄弟の家には、主に史実ものを中心に数十個のウォー・ゲームがありました(現在は処分してしまったようです)
記憶では当時はまだ海外製のものが多く、海外パッケージに日本語の説明書を外側につけシュリンクでくるんで販売していて、コマやボード、数値表等はすべて現地の言葉(基本的には英語)でした。
このあたりは今日、海外製のソフトを(もしくは日本語化されていても意図的に)現地語で使う感覚に似ているかもしれません。

その後、中学に上がる頃には、ホビージャパンでローカライズしたものやオリジナル、エポック社のワールドウォーゲームシリーズ、ツクダホビーやバンダイのアニメ版権もの等が発売され始めました。
難易度(とっつきやすさ)もまちまちで、それは★の数やローマ数字で表されていました。
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▲手元に残っているもの2
 海外パッケージそのままに、日本語の説明書だけ付属。アバロンヒル『サブマリン』 説明書はホビージャパン訳。

の中で、もっともプレイしたのは恐らくエポック社の『戦国大名』かと思います。
それと同じくらい同社の『三国志演義』にもハマりました。
作品や終了条件にもよりますが1日では終わらないので、週末にみんな(前述の兄弟以外にも)で誰かの家に集まり土曜日曜を使い、それでも終わらない時はコマの配置等盤面をそのまま一週間動かさないようにし、次週にもまたがってプレイしていました。
コンピュータゲームのようなセーブは出来ないので、それぞれ家庭の事情が許す限りそのようなことをしてました。
光栄の歴史シミュレーションゲーム(『信長の野望』や『三国志』等)に出会ったのは、この数年後でした。
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▲手元に残っているもの3
 エポック社『戦国大名』(この現品はプレイしていた数年後に購入したもので、開封ユニット切り分けのみし未プレイ)
 こちら近年サンセットゲームズより復刻されたようですね。

の他、よくプレイして思い出深いものとしてツクダホビーのアニメ版権ものがあります。
ガンダム(ガンプラ)ブームとウォー・ゲームブームが相まって、『機動戦士ガンダム』だけでも難易度別に何種類か、その他『伝説巨神イデオン』、当時放送中だった『戦闘メカザブングル』『聖戦士ダンバイン』『重戦機エルガイム』『超時空要塞マクロス』、他社ではバンダイの『宇宙戦艦ヤマト』等もやっていました。
ザブングル、ダンバイン、エルガイムはそれぞれ約1年間放送していましたが、ゲームは放送開始当初に1つ、終了前に1つと、開幕版と決定版のような感じで、ルール共通で2種類発売されるのが常でした(マクロスも何種類かあったような気がしますがタイミングは失念)
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▲手元に残っているもの4
 ツクダホビー『ジャブロー戦役(JABURO)』、『ソロモン攻略戦(NEW TYPE)』、『ホワイトベース(WHITE BASE)』
 この中で『ジャブロー戦役(JABURO)』は、2011年にプレミアムバンダイより復刻されていました。

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 『伝説巨神イデオン』、その他は実家にありましたがいつの間にか紛失。

えて既存のパッケージ以外にも、雑誌の付録にちょっとしたコマやボードが付いていたり(タカラ(現タカラトミー)の『デュアルマガジン』等)、今日のツクールシリーズよろしく自作用のキットも販売されていました。
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▲雑誌付録
 タカラ(現タカラトミー)『デュアルマガジン』(季刊、全12巻)

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 該当ページ(『装甲騎兵ボトムズ』クメン編を再現)

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▲自作用キット
 ツクダホビー『アドバンスキットA』、『アドバンスキットB』 箱はすっかり潰れてしまいました。

以上のように、主に小学生の終わりから中学全般にかけてウォー・ゲームにハマり、その後はテーブルトークRPGに移行していきますが、それは又の機会にしたいと思います。
前述の【ボードゲームの思い出】の中でも書きましたが、こうしたプレイの中で培われたロジカルな思考が、ゲーム制作で(デザイナーではありますが仕様に関わることも多く)少なからず役立っていると思います。

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ボードゲームの思い出

ここで触れるボードゲームとは、玩具メーカーが発売していた(している)プレイ人数2人以上を対象としたゲームの事です。
このボードゲーム(や、その後のウォー・ゲーム(ウォー・シミュレーションゲーム)やテーブルトークRPG)の体験が、ゲーム業界に入ってからの仕事に少なからず役立っていると思います。

私の歴代ハマったゲームは、
・小学低学年、高学年 トランプ、将棋、チェス、花札、双六、ポンジャン、野球盤
・小学高学年、中学 ボードゲーム
・中学、高校 LSIゲーム、ウォー・ゲーム、テーブルトークRPG
・高校から現在 テレビゲーム
と、主だったものはこんな感じでしょうか。
今後それぞれの思い出話をと思っていますが、今回はこの中のボードゲームについて書きます。

えている限り一番始めに遊んだボードゲームと言えるものは双六で、
小学低学年あたり、当時は正月の定番でしたのでその時期だと思います。
大手のメーカー製ではなく、キャラクターものでも無かったと思います。雑誌の付録だったかもしれません。
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▲手元にある双六(ショウワノート)これはご覧の通りキャラクターものですね。
 「闘将ダイモス」、「無敵鋼人ダイターン3」

その流れからゲームデザインが似ているタカラ(現タカラトミー)の「人生ゲーム」へ、さらにそこから各種玩具メーカー製のボードゲームへと移っていったように思います。
「人生ゲーム」の初代と2代目(「NEW人生ゲーム」)はアメリカ製の日本語版で、よく遊んだのはこのどちらかもしくは両方、その後の3代目(これも「NEW人生ゲーム」)からは日本オリジナルの内容になったようです。今日でも様々なバリエーションが発売されている定番ですね。
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▲「NEW人生ゲーム」(3代目?)現物はすでに無いので手持ちの雑誌広告から。

ードゲームの中で、
特に遊んだものを挙げますと、
・「人生ゲーム」
・「億万長者ゲーム」
・「社長ゲーム」(「代表取締役 社長ゲーム」というのもありますが、そちらでははありません)
でしょうか。くしくも全てタカラ製ですね。
この他にも、以前の記事【「はりはり仮面」等、おまけ付き菓子の思い出】で登場した上級生の家には特に色々ありよく遊びましたが、個別のタイトルはよく覚えていないのと、記事が長くなってしまうので、別の機会を作れればそちら触れたいと思います。

この中の「社長ゲーム」は、小学校の同級生の友人が持っていて、よく遊びに行っては2人でプレイしていました。
その友人にはお兄さんが居て小学校6年生のあたりから兄弟でウォーゲームをやるようになり、私も混ぜてもらいそちらに移行することになりますが、そのあたりはまた別途書きたいと思います。

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▲その他1。手元にあるボードゲーム「ダービー予想ゲーム」(エポック社。元は海外のもの)
 パッケージイラストは松下進さん。

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▲その他2。手元にあるキャラクターものボードゲーム各種(エポック社、ツクダオリジナル)
 「ふたり鷹」、「ゴッドマジンガー」、「綿の国星」

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「はりはり仮面」等、おまけ付き菓子の思い出

「はりはり仮面」とは、おまけとして下の写真のようなシールが付いていたチョコバーのお菓子(いわゆる食玩)です。
それを始めとした食玩の思い出を書こうと思いますので、「はりはり仮面」自体の詳細は他のサイト様をご参照願います。

れまでのおまけシールではあまり見かけなかったコミカルな内容が受けたのか、小学生の頃にちょっとしたブームがあり、テレビコマーシャルも放送していました。
自分でも何枚か集めていましたが、当時よく遊んでもらっていた上級生に何枚も譲り受け、現在残っている多くはその時のものです。

※余談ですがこの上級生の家には、人生ゲームのような玩具メーカー製のボードゲームがいくつもあり、よく遊ばせてもらっていて、それが後にボードゲームメーカー(玩具メーカーもあり)製のシミュレーションボードゲームいわゆるウォーゲームにハマる土台になったと思います。
 ボードゲームやウォーゲームに関しては、また別の記事で書きたいと思います。

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▲現在手元にあるシール。30年以上経っていますが今でもほのかにチョコの香りがする気がします(刷り込み?)

れ以前あるいは同時期に集めていた食玩には、
グリコキャラメル、スポロガム、ジョイントロボフーセンガム、ビックリマン(大ブームになった天使AS悪魔シリーズより数年前のの写実絵のどっきりシールの頃)、チョコボール(これは直接おまけが付いているわけではありませんが)等があり、
これ以降では、
ビックワンガム(これ系統としてデラックスビックワンガム、装甲騎兵ボトムズガム、銀河漂流バイファムガム?、機甲界ガリアンガム)等がありました。

忘れているものも多々あるかとは思いますが子供の頃の食玩はこんな感じで、大人になってからのものはまた別です(あまり買わない方だとは思いますが)

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▲おまけ。「ジョイントロボフーセンガム」の下敷き(パッケージはスポロガムにそっくりです)ですが、すっかり劣化退色しています。

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自前のホームページの思い出2/2

【ホームページの思い出1/2】のつづき

当時は、ホームページを見てもらいたかったら自ら検索サイトに登録するのが一般的だったと思います。
例え自動巡回ロボット系の検索エンジンでも登録手続きをしていたと記憶しています。
確かInfoseekあたりに登録しました(ちなみにGoogleはまだありませんでした)
それ以外にYahoo!にもしましたが、こちらは申請を受けてから担当者がホームページの内容を確認して登録という流れで、審査みたいなものがありました。

加えて、所謂お絵描き系の検索サイトも、以下の2箇所に登録していました。
TINAMI
サーファーズパラダイス
今日でも両サイトとも形態は多少変わったにせよ健在ですね。

お絵描き系サイトや他の方のリンク集ページに置いていただくために、↓こんなバナーを作っておくのがお約束でした(懐かしんで再現してみました)
っと過去形で書いてますが、今も使っているところはありますね。
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または
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↓そのバナーを集めた書籍やCD-ROM等も販売されてましたね。
 (自分のバナーも掲載していただき、謝礼として現物を頂戴しました)
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